最終更新日:2012年04月04日

2002年01月07日開設
佐野昭・作「可美真手命」像
 
いらっしゃいませ。
「天璽瑞宝(あまつしるしのみずたから)」は、物部氏を中心にした日本古代史のファンサイトです。
関連する古代史料を図表や口語訳等でわかりやすく資料化しながら、物部氏の姿について考えていきたいと思います。
 
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東乗鞍古墳石室(奈良県天理市)本拠地には、河内国渋川郡・若江郡の一帯をあてるのが有力です。
5世紀代の大阪平野中央部の開発において技術集団の掌握に関与し、その地位を上昇させることに成功。5世紀後半に入ると大和国山辺郡の石上にも強固な拠点を持つに至り、雄略朝には最高執政官のひとつ「大連」を出すようになりました。皇位継承争いにおける、軍事的な活躍がその背景ともいわれます。
物部の伴造として軍事・刑罰を掌り、ヤマト王権の勢力伸張に寄与したことは、諸豪族連合体から中央集権型国家へ向かう古代史の流れのなかで、物部氏が小さからぬ歴史的役割を果たしたものと見られます。
6世紀中葉の大伴大連失脚により全盛期をむかえましたが、6世紀末に蘇我氏と対立して敗れ、以後勢力は衰えました。
7世紀末に台頭する石上氏は、天武朝に物部氏の一流が改めたもので、大臣を輩出し氏族復興を成し遂げています。
その祖神をめぐっては、降臨・国見の伝承を持つことで知られ、王権内における位置づけはやや特異といえます。新撰姓氏録に載る石上氏同祖系氏族は113氏を数え、全体の9.6%を占めるなど、同族が多く存在します。また、広範な地域分布でも知られます。
まさに、古代最大の氏族と呼ばれるのにふさわしいのが、物部氏です。